

フクダ電子株式会社
昭和23年7月6日創立
(昭和14年7月 「福田特殊医療電気製作所」として創業)
従業員2,608名(フクダグループ全体)
主な事業内容
医用電子機器の開発・製造・販売および輸出入
URL:http://www.fukuda.co.jp
2009年に創業70周年を迎える循環器・呼吸器系の医療機器メーカー、フクダ電子株式会社では、個別最適に陥っていたメインフレームベースとオープンシステムが混在するシステム環境を、SAP ERPを中心とした統合型の基幹系システムへと一気に移行させた。SAPシステムのフルモジュール(人事管理・財務会計・管理会計・販売管理、生産管理・購買管理・アフターサービスなどの領域)を全国に展開する53の子会社・161拠点で同時に稼働させるというビックバン方式による導入を目指し、一時混乱も生じたが、顧客企業の立場に立って取り組み目的意識を共有してチーム連携を図るテクノスジャパンの支援を得て、無事カットオーバーを迎えることができた。
フクダ電子では早くからOA化に取り組み、30年ほど前から会計システムや販売管理システム、工場管理システムなど数多くのシステムを稼働させてきた。「ただ、メインフレームやオープンシステムが混在する環境で、業務ごとに個別最適を目指したシステムになっていたため、システム間の連携が取れず数多くの課題が潜在していました。物流面で言えば、欠品の発生が慢性化している上に、お客様へ正確な納期を迅速に回答することさえ難しかったのです。現場の危機感は切実でした」と山口氏はSAP導入前の状況を説明する。
そこで山口氏は、同じ思いを持つ仲間を集め2002年3月頃から組織を超えた実務者レベルの改善チームを立ち上げた。営業管理改善委員会『SMAC』だ。「例えば、商品は同じでも、拠点により“1”の意味する単位が異なっていた課題など、業務レベルの様々な問題に取り組んでいきました。しかし既存の基幹システムで解決しようとすると、苦労が多い割に効果が少ないのでストレスが溜まっていました」と販社ロジスティクスを担当した山中氏は、それぞれの業務のやり方の違いや古くからの慣習などで正確な情報が把握できない状況だったと話す。 営業と管理のメンバーが中心となったSMACで、当初注目していたのはCRMだった。「お客様の情報を会社の財産にしたいという強い思いがありました。しかし、基幹システムが十分機能していないのに、周辺のCRMから構築すべきではないと考えるようになりました」と山中氏。そんな時に、ERPというコンセプトがあることを知り、自分たちで資料を集め、検討を開始したのである。
「ERPの本を読んだときに、夢のような、素晴らしい仕組みだと思いましたね。これなら今抱えている様々な問題を一気に解決できるはずだ」と、SMACメンバーで後に工場チームのリーダーを務める黒田氏はERPとの出会いの衝撃を語る。財務会計チームをまとめた栗林氏は「決算短縮、内部統制、監査法人からの指摘事項への対応など、ERPへの期待がどんどん膨らんでいきました」とERP導入へのモチベーションを説明する。そんな折に、福田社長からERPの導入を検討するようにという指示が出た。2004年2月のことだ。
導入プロジェクトの統括を務めた西岡氏は「リスクもあって大変なプロジェクトになると思いましたが、現場の要請に加えてトップからの後押しもあって、本格的にERP導入の検討を開始したのです」と語る。候補としていくつかのERPパッケージが検討されたが、最終的に選択されたのはSAPだった。導入パートナーの選定では5社にRFPを依頼し、役員全員がプレゼンテーションの内容を採点し、ある大手ベンダーに決定した。
こうして2004年10月から導入プロジェクトがスタートした。SMACのメンバーが各チームのリーダーとなり、強い志を持ったプロジェクトチームができたと思っていた。しかし、すぐ先行きに不安が広がることになる。事前のアセスメントは行ったものの、十分な調査費用を投入しないでプロジェクトを始めたことが要因だった。「弊社の事業内容、売上高や従業員数などから、導入プロジェクトの規模を想定したのですが、最初のビジネス設計の段階から作業見積りの甘さが露呈してしまいました。早く始めたいという気持ちが強すぎた結果です」と、山口氏はプロジェクトの規模に対する認識不足が、混迷につながったと反省する。
人事総務部 執行役員
西岡 勇造 氏
プロジェクトを進めていくうちに、システム化の対象となる業務フローの数は増え続け、当初300程度と想定していた業務フローは、実際には800を超えた。BPR(業務改革)で700以下に絞り込んだものの、大企業並みの多種の業務が存在していたのである。プロジェクトメンバーは必死で導入作業に取り組んでいたが、プロジェクトの予算、期間、人的リソース、全てに大きな見直しが求められる状況に陥ることになる。
社長室経営システム部 次長
山口 英治 氏
当初の想定した以上に対象が広がり、明らかにリソースが不足したものの、強引にそのままプロジェクトを進めようとしたことで混迷は深まっていく。当初、大手ベンダーをプロジェクトのパートナーとしていたが、そこでもリソース不足は補えず、特にR/3モジュール間の連携不備は深刻だった。そこで、西岡氏は現状を打開するためにパートナーを切り替えることを決断する。
いくつかのベンダーに打診した結果、混迷するプロジェクトを引き受けてくれたのが、テクノスジャパンである。2005年10月にはテクノスジャパンへの切り替えが決定し、11月から翌2006年3月にかけて、コンサルタントの入れ替えが進められた。また、この入れ替えを機に、山口氏は事務局として経営陣にあることを直訴した。「それまで、予算と期間のラインを守るために現場に無理な計画を押し付けて来ました。当然、現場との関係は劣悪でした。現場の意見に基づく現実路線で進める必要があったのです」(山口氏)。
パートナーを切り替え、プロジェクトの中枢の会議体である事務局定例会議にチームリーダーを加えて現場中心の体制に移行したことで、プロジェクトは大きく好転した。現実と計画とのかい離を防いだことでプロジェクトの進捗の透明性が増し、崩壊寸前だったプロジェクトが息を吹き返したのだ。
「テクノスジャパンは、チームワークの良さと、横の連携のスムーズさ、そしてプロジェクトを成功させようとする個々の想いの強さが素晴らしかったです。テクノスジャパンという会社の総力でサポートするという意志がすごく伝わってきましたね」と山口氏は、プロジェクトの立て直しにあたって、テクノスジャパンの支援が大きかったと強調する。
テクノスジャパンが加わって計画全体を見直したことで、カットオーバーの目標は2007年5月に変更されたが、プロジェクトはV字回復を果たした。R/3のフルモジュールを全国に展開する53の子会社161拠点ですべてを一気に導入するというビックバン方式のカットオーバーは見事に成功し、「SAP AWARD OF EXCELLENCE 2008」としてSAPジャパンからも表彰された。
当初運用に必要な人的リソースが不足していたために導入にあたったテクノスジャパンのメンバーは半年ほどそのまま残り、ヘルプデスクなどの対応にあたった。運用面では、混乱が予想されていた販社各拠点よりも、本社各部門のフォローが大変だったという。ドキュメント整備や教育などの準備の差がそのまま運用レベルの差に繋がった。運用担当者はその後段階的に減らし、現在ではテクノスジャパンの10名弱のメンバーが運用を支援し、プロジェクトに参加したメンバーは、職場に戻って浸透化を推進している。
「当初は、最後まで1つのパートナーで対応してもらえるというポイントでパートナーを選定しました。意に反して、途中から別のパートナーに変えざるを得なかった訳ですが、結果的には良かったのではないかと思います。プロジェクトメンバーの著しい成長が全てを物語ります」と山口氏はプロジェクト全体を振り返える。途中で切り替えたことで、それぞれの良い点を吸収することができ、貴重な経験になったという。
最後に西岡氏は「チームワークが良く、連携重視でプロジェクトを成功させようとするテクノスジャパンは、リソース不足の弊社にとって最適なパートナーでした。我々は選定の段階で大手ベンダーの冠や実績に勝手な安心感を抱きました。大手だからと言って、必ずベストチームを提供してくれる保証はないですよね。基幹システム刷新の経験がない我々はそこが分かっていませんでした。パートナーの選定にあたっては、大手ばかりにこだわるのではなく、自社のリソースを考慮して、会社を挙げて取り組む姿勢のあるパートナーを選定すべきだと思いますね」と、今回の経験を踏まえて、パートナー選定についてのアドバイスを語った。
北陸販売本社 課長
山中 吉宏 氏
「テクノスジャパンのコンサルタントは、カットオーバーにこぎつけることを目的にしていました。
だからこそ、先回りして提案してくれたんだと思いますし、リーダーが常にメンバーをフォローして、チームワークも良かったですね」
販社ロジスティクスを担当した山中氏
生産本部生産管理部
資材調達課 課長
川村 靖 氏
「私たちも部門が違うと交流が少なく、モジュール間(違う業務領域)のつなぎについては、大変苦労しました。テクノスジャパンのコンサルタントからアドバイスをもらいながら解決することが出来ました」
工場ロジスティクスと購買管理を担当した川村氏
生産本部生産管理部
生産管理課 課長
黒田 和之 氏
「コツコツと作りこむ開発の場面とは違って、システムをカットオーバーするためには、ある程度の強引さも必要です。テクノスジャパンのコンサルタントはその辺のメリハリがきいていましたね。業務のコンサルタントとシステムのコンサルタントのバランスも良かったと思います」
工場管理を担当した黒田氏
経理部経理課 課長
栗林 道夫 氏
「財務会計はすべてのモジュールと関係するのですが、テクノスジャパンのコンサルタントは、分からないことはなかったくらい、迅速に対応してくれました。横の連携が強いという印象で、悪いところが思い浮かばないくらいです」
財務会計を担当した栗林氏
生産本部生産管理部
資材課
係長
平沼 利一郎 氏
「外部システムとの連携は、SAPシステムの要求する項目をカバーするために、作りこみが必要なのですが、初めてのことでやってみないと分からない部分でした。テクノスジャパンのコンサルタントのお陰でどうすれば良いか明確になり、インターフェイスの作りこみが進みました」
工場ロジスティクスを担当した平沼氏
生産本部生産管理部
構成管理課 係長
田口 茂 氏
「工場系のコンサルタントは、リソースが少ないせいもあって何度か入れ替えがありました。いろいろなコンサルタントと仕事をして、見方も様々だと勉強になりました」
生産管理を担当した田口氏
社長室経営企画部
関連会社管理課 課長
青田 修一 氏
「テクノスジャパンのコンサルタントには、良い意味で泥臭い人が多かったですね。面倒な状況に対して毎日追い込まれても、へこたれずに対応してくれました。こういう人たちとなら一緒に頑張れるな、と感じました」
販社ロジスティクスを担当した青田氏
営業本部商事営業部
試薬管理課 課長
藤田 勝也 氏
「とにかく対応が早いことに驚きました。できるかできないかという回答も早く、できる場合には、どうしたら実現できるかをすぐ提示してくれました。知識の豊富さが、対応の違いにつながっていることを感じました」
本社ロジスティクスを担当した藤田氏
経理部原価管理課
近藤 聡司 氏
「テクノスジャパンのコンサルタントは、私のレベルに合わせて手取り足取り教えてくれました。大変助かりましたが、その分知識の吸収は遅れたかも知れませんね」
原価管理を担当した近藤氏
社長室経営システム部経営システム1課 課長
西脇 誠二 氏
「テクノスジャパンのコンサルタントは、導き手という感じで、私たちがちゃんと理解するまで丁寧に教えてくれました。ユーザの立場に立って考えようという気持ちが伝わってきましたね」
本社ロジスティクスを担当した西脇氏
社長室経営システム部経営システム2課 課長
中井 啓二 氏
「パートナーの切替えがあったことで、別の会社のやり方が見られたことはよかったと思います。それぞれに個性があって、見方が広がりました」
工場システムを担当した中井氏
社長室経営システム部経営システム1課 係長
藤田 博文 氏
「最も違っていたのは、プロジェクトに対する姿勢ですね。予算も決められていた中で、無理を聞いてもらってばかりでした。IT企業としては泥臭いやり方かも知れませんが、私は好感が持てました」
在宅事業ロジスティクスを担当した藤田氏

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